広島そして宮島(弥山)
iー愛ロマンチカ
    
2018年7月24~26日に、広島市(中心部)と安芸の宮島を訪れた。
6月に、ホテル、新幹線を確保して楽しみにしていた。
ところが7月の西日本豪雨で広島が大被害にあってしまい、この時期の広島旅行は被災者に申し訳ないことではないか、と躊躇した。
広島市観光協会に電話で尋ねたところ、「訪れるところは被害を受けていないので、どうぞおいでください」とのこと。
お言葉に甘えて、旅行を敢行することにした。
   西日本豪雨災害で被災された皆様にお見舞い申し上げます。
一日も早く復興されることを心からお祈り申し上げております。
     
広島は、転勤で1984年(昭和59)から3年間過ごした、忘れられない楽しい思い出ばかりの私にとっては第二の故郷。
このホームページは、その広島へ34年ぶりに訪れた今様浦島太郎があちこち足で訪ね歩いた、思いでの記録。
       
連日36℃の炎天下を、歩き廻ったところ。
・  広島市中心部 中心街、広島城、原爆ドーム・平和公園、縮景園など
宮島廿日市市 弥山登山、厳島神社・大鳥居
泊る・食べる リガーロイアルホテル広島、日本料理「つるま」、お好み村
             
広島市中心部
広島市中心部は、1945年(昭和20)8月6日の原爆投下で、20万人を超える死者と半径約2kmに及ぶ市街地が廃墟化した。
その後見事に素晴らしい大都市に復興したが、今でもやはりあちこちに原爆の傷跡を見ることができる。
そして廃墟化した結果それまでの、例えば花柳界など伝統ある文化も消えてしまったといってよいのではないだろうか。
     
JR広島駅
(新幹線、在来線)
広島駅の昔の面影など思い出せないばかりでなく、あまりにも複雑すぎる駅舎内をあちらこちら迷い迷う。どうなってんの?
     
駅を出ると駅から東へ約800m離れた
     憧れのカープ女子・広島市民球場(マツダスタジアム)(南区)  
今日は試合のない日ということで、かの噂のカープ女子どころか全く人影もなく、シーンと静まり返った炎天下の広島市民球場(中)。
球場入口前の
「CARPの歴史」モニュメントには、新球場完成前の(1949~2008)の間の歴史が刻まれている。
バックネット裏の
門扉も、しっかり閉ざされている。
広島市民球場(マツダスタジアム):2009年に完成。観客定員 33,000人。広島東洋カープの本拠地。
以前の広島市民球場(中区基町)は、とうの昔に解体されてしまっていた。

    
 球場から西南へ約1kmの
  比治山    
比治山(南区):標高約70mの小高い丘。
原子爆弾が投下された爆心地から約8km離れたところに位置し、爆心地である西側は壊滅したが、
東側は比治山が爆風を遮ったことから影響がすくなく火災も広がらなかったという。比治山によって対照的な被災状況であった。

    
比治山へは、東側の段原南から2連続の長~いスカイオークで登ることができる。
上り切ったところの
広場で、右折すると広島市現代美術館へ、左折すると放射線影響研究所へ。
     
広島中心街 ー 紙屋町交差点
(中区基町、紙屋町)
中心街のランドマーク 高さ150mのリガーロイヤルホテル広島(30数年前にはなかったビル)(基町)
当時は地盤の関係で地下街を造ることはできないと聞いていたが、今は立派に「
地下街シャレオ」。(基町、紙屋町)
市で一番賑やかな長いアーケードのある(約500mかな?)
本通り商店街
店舗は当時と比較してきれいでかつ大型になっているようで、その分なんとなく特色がなくなったような気がする。
当時とても美味しいかった思いでの魚の料理店を探したが、姿かたちはなかった。
このアーケードの先には、(確か)3000店くらいの飲み屋が集中しいる有名な流川町・薬研掘の繁華街があり、
毎週いそいそと2~3回は通い続けた。
懐かしく思い訪ねてみたが、昼間の繁華街は赤いネオンが消えて素気なく、思い出も思いだせなかった。

     
電車
広島の中心部は路面電車の町で、線路が縦横に張り巡らされていて便利。
そして走る電車は、広島電鉄オリジナルのものだけでなく、全国各地で走っていたものやドイツで走っていたものなど、いろいろある。
被爆電車も走っている、という。
マニアには、楽しい街。
    
紙屋町交差点から西へ約300m
    原爆ドーム(中区大手町)・平和記念公園(中区中島町)
広電「原爆ドーム前」駅から、原爆ドーム入口
入口正面に、原爆ドームをバックに「
慰霊
その右手に、原爆投下の目標とされた本川と元安川の分岐点にかかる「
相生橋」。
     
原爆ドーム
原爆ドーム:原子爆弾の爆発で廃墟となった、旧広島県産業奨励館の残骸。
この建物のほぼ真上の上空約600mのところで原子爆弾が爆発し、20万人を超える死者と半径約2kmに及ぶ市街地が廃墟化した。
    
元安川沿いに、
原爆ドームの変わる姿
    
正面と反対側の原爆ドームの姿
    
続いて、動員学徒慰霊塔
    
その先で、元安川にかかる元安橋を渡り、平和記念公園に入る。
公園からも、
原爆ドームがはっきりと見える。
    
道の右手は、とてもきれいに整備された平和記念公園
道の左手の平和の池のあるところに、昭和27年(1952)8月6日設立
、広島平和都市記念碑原爆死没者慰霊碑)。
慰霊碑中心に、
原爆ドーム
    
紙屋町交差点から南へ400m
                              被爆建物旧日本銀行広島支店」(中区袋町5)
袋町信号交差点角に、被爆建物旧日本銀行広島支店
     
1階吹き抜けの大きな空間の事務室と窓口。2階支店長室
ぱっくり開いている巨大地下金庫。内は空っぽ! 私ではありません、来たとき既に開いていました!
この地下金庫が無事だったことから、原爆投下後2日目に銀行営業を再開したという。(正直なところ驚異的!)
     
紙屋町交差点から北へ約500m
広島城(中区基町)
史跡 広島城跡
広島城(別称 鯉城):1589年(天正17)毛利輝元が築城。
その後城主は福島昌則、浅野長晟そして浅野家代々が明治までつとめた。

堀に囲まれた城跡はきれいに整備されいて、外国人観光客も多い。
旧国宝に指定されていた建造物は多数現存していたが、原子爆弾投下の爆風で全て倒壊した。

    
天守閣:現在の天守閣は3代目で、1958年(昭和33)に初代天守閣の外観を忠実に復元して建てられたもの。
高さ39m第五層、最上階は展望台。 (入城料 大人370円 中学生以下無料)
1階から4階は博物館になっていて、広島城の成立、城下町の文化をテーマとし、甲冑・刀剣等も多数展示されている。

きれいな水でさざ波が漂う
お堀
二の丸戦前まで表御門、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓があったが、原爆により石垣を残して全て失われてしまった。
平成元年~6年間で、これらの復元建物工事が行われた。(入場料無料)

    
天守展望台から
広島県で3番目に高いビル「
アーバンビューグランドタワー」(高さ166m/地上43階)
原爆ドーム
広島県で4番目に高いビル「
リガーロイヤル広島ホテル」(高さ150m/地上35階)と大アリーナ―
      
紙屋町交差点から東北へ1km 
          縮 景 園 (中区上幟町) 
(クリックしてください)
   
   
            宮 島 (廿日市市宮島町)
広島市の市街地から南西へ約20kmの廿日市市の瀬戸内海に浮かぶ島で、安芸の宮島、厳島(いつくしま)ともいう。
大昔からその山容に霊気が感じられたことから、自然崇拝の対象となっていた。
また、原始的植物が自然のまま残って植生している島でもある。
島の全域が瀬戸内海国立公園で、自然公園法が定める特別保護区域に指定されている。
松島や天橋立と並ぶ日本三景の一つとして知られる景勝地。
景勝地の中心の厳島神社と島の最高峰弥山の原始林は、ユネスコの世界遺産に登録されている。
日本屈指の観光地として、島に国内外から年間300万人を超える参拝客及び観光客が訪れているという。。
島の大きさは、周囲約30km、面積約30k㎡。人口約1800人

     
 宮島へ
広電紙屋町西駅から広電宮島口駅まで、約1時間。
駅を出ると目の前に、
宮島行のフェリーの乗り場が2ヶ所。
左手が広電乗り場、右手奥がJR乗り場。
JRフェリーに乗船
   
フェリーから見る赤い厳島神社の大鳥居と弥山
乗船していた美しい姿の
フェリー
宮島フェリーターミナル(宮島桟橋)
正面入口前にゴミボックスが5個並ぶ。、
実はここ以外どこにもゴミ箱がなかった。自販機でドリンクを購入しても空いたペットボトルの捨てるところがない。
従って空きボトルを何本も持って弥山を登山し、このターミナルのゴミ箱に捨てた。なお、山頂展望台にもゴミ箱はない。
       
弥 山 登 山
(クリックしてください)
     
厳島神社と大鳥居
厳島神社
厳島神社は、593年(推古元年)、佐伯鞍職が創建したといわれている。
島が神の島として崇められていたため、恐れ多いということで海上に社が建てられた。
その後、1166年(仁安元年)〜1168年(仁安3年)に平清盛によって、平家の守護神として社殿を現在の姿に造営した。
その後社殿は災害で何度か建替えられているが、当時の姿を伝えているといわれている。
国宝、重要文化財は多数あるが、
中でも国宝中の国宝と言われているのが、平清盛自筆の第1巻願文を筆頭に平家一門の写経計33巻からなる「平家納経」。
廻廊は、計約260mあり1間(柱と柱の間で、1間は約24m)ごとに釣灯籠が下げられている。
廻廊巾は約4mで、床板は釘を使わずに1間に8枚敷き、
板と板の間を少し空けて、高潮時に海水が床下から押し上げる力を弱めたり、上がった海水を流す役目をしている。
(拝観料 大人300円 高校生200円 小中学生100円)
なお、神社からは、直接大鳥居に行くことはできない。
神社入口
     
廻廊
廻廊
    
 拝殿
    
廻廊
    
反橋(そりばし) (重要文化財)
当時、勅使参拝時に渡った
平舞台から見る大鳥居。(干潮時)
ここから下りて大鳥居へは行けない
海中に建つ能舞台 (重要文化財)
1568年(永禄11)毛利氏が建立
1680年(延宝8)浅野綱長が改修
     
                                       大鳥居 (重要文化財)
入江と外海の境目に立つ大鳥居は、木造鳥居としては日本最大のもの。
平清盛による社殿再建とともに造営されたものであるが、現在のものは1875年(明治8年)に再建されたもの。
鳥居は、主柱2本と袖柱4本の計6本で、鳥居の自重で立っているだけで基礎はない。
従って台風や地震、波が荒いときなどに浮いたり倒壊することを防ぐため、
後世に創建時なかった鳥居の最上部である「笠木(島木)」の部分に、玉石を約7トンを詰め込んで重しにした。
高さ  約17m    主柱周り長さ 約10m
棟(笠木) 約24m    総重量 約60トン
柱間 約11m
大鳥居へは、厳島神社から直接行くことはできない。
大鳥居のある海岸通りの道の途中にある階段を下りて、砂浜を歩いて大鳥居まで行く。(無料)
    
           満潮時 (潮位 2.3m)
(弥山登山へ行く途中,10時15分頃撮影)
大鳥居
   
干潮時
(弥山を下山しフェリーターミナルへ戻る途中、15時頃撮影)
大鳥居 周囲長さ約10m巨大主柱
柱の足元の人間と比較してくださし
主柱に小銭が一杯。但し10円硬貨なし
柱が傷むのでこういうことは厳禁とのこと
   
川の流れのように 引くさざ波 本殿からはただ傍観するのみ
  
鹿 三 態
アンタ 何見てんのよ アタシャ誰にも負けません! (熱い砂浜に思わず) アチチチ・・・
      
泊まる・食べる
        泊まる  
   リガーロイアルホテル広島 (広島市中区基町6-78)
  ・電話でダイレクト予約
・朝食付7800円(税込)
・シティホテルでありながらビジネスホテル並料金で心配したが、全く心配無用であった。
・部屋は広すぎるくらいのゆったりスペースに、設備も満足。
・19階からの眺望も抜群。
・朝食は、和洋どちらでもOKで和食を選択。質も量も充分満足できるもので、
 安い料金なのにこんなにお金をかけてどうなっているの、と心配するくらい。
・人的サービスも満足。
・中心街のランドマーク的位置にあるため、交通の便はとてもよい。

お勧めのホテル。
       
       食べる
    日本料理「つるま」 (広島市中区大手町2-11ー25) TEL 082-946-3117)
・繁華街から少し離れたこじんまりとした料理店
・カウンター席 6名  テーブル席 4卓(計20名)  お座敷 1室×4名 (禁煙席は要相談)
・昼席 コース料理 2800円 3500円 5000円
 夜席 コース料理 5800円~13000円
・カウンター前で、数人の板前が威勢よく料理する姿に好感。
・夜席で 7000円のコース料理を注文。
 地元広島産を中心に沖縄から北海道までの食材で作られた料理を、堪能。
 
旅の、味の思い出になる店かも。 
      
    お好み村「ええがい」 (広島市中区新天地5-13)
・道路上に、「お好み村」横断看板が出ている、左手が「村」。
・村は4階建てのビル。2~4階がお好み店専用で計24店舗。
・初めての人はどの店へ、と迷う。
 つい性格が出るのか、最高階4階の一番奥の店「ええがい」へ
・初めて食べるお好み焼は、「麺入りお好み焼(肉卵)」 810円。
・これが有名な広島のお好み焼きかと、充分味わて食べました。
・店主は、きびしい修業を積んで1年半前に開店したという
 若くてイケメン。
   
旅と旅行と