2021年3月30日
                一駅読み切り
(神奈川県)相模鉄道沿線・半径1kmの駅
   
相鉄本線海老名駅」   所在地:海老名市めぐみ町1番2号
開業:1941年(昭和16)  
 一日平均乗降客  約84,900人(2020年度)、 約123,200人(2019年度)
        駅間距離 かしわ台駅から2.8km  起点横浜駅から24.6km
相鉄本線、小田急小田原線、JR相模線の各海老名駅は、自由通路で繋がっている。
 駅名由来
地名に由来する。
海老名という地名は、平安時代中期から存在するという。
この辺り一帯は有鹿(あるか)神社の神領だったが、康平年間(1058~64)頃海老名氏が治めるところとなり、
一帯が海老名郷と呼ばれるようになった、と伝わる。
この地には、2021年3月24日に訪れた。
ここでは、海老名駅東口複合商業施設 VINA WALK・海老名中央公園、
八坂神社・鳳勝寺、三塚古墳、ひさご塚古墳、相模国分寺跡 を訪ねた。
経路
駅東口→ VINA WALK・海老名中央公園→ 天平通り→ 海老名プライムタワー→ 県道407号線.→ 八坂神社・鳳勝寺
駅東口 ←一般道 ←相模国分寺跡 ←県道406・407号線 ←ひさご塚古墳 ←一般道 ←三塚古墳 ←
歩行距離:(公園内を含め)約3.5km。
   
ViNA WALK(ビナウォーク)
海老名駅東口地区に、小田急SCデベロップメントが運営する複合商業施設。開業2002年。
ViNAは、ViVA NATURE の略語で「自然礼賛」の意味。
敷地面積 36,000㎡  店舗数 約130。
海老名中央公園を取り囲むように、1番館から6番館までの6店舗棟が配置されていて、
海老名駅と各店舗棟の2階を, ランブリング(ぶらぶら歩き)テラス, と呼ばれる
面積約8,000㎡公開道路(ペデストリアンデッキ)で結び、駅、店舗棟、公園、街を賑いさせている。
  
相模国分寺跡(国分南1丁目19-18)
大正10年に国指定史跡に指定され、昭和40年代に入り発掘調査が行われた。
国分寺は、714年(天平13)に聖武天皇が仏教による国家鎮護のため、当時の日本の各国に建立を命じた寺院で、
国分寺僧寺(正式名:金光明四天王護国之寺)と国分尼寺(法華滅罪之寺)に分かれる。
相模国分寺もその天皇の「詔」で建立された1つであるが、平安時代後期には荒れ果て、
既に現在の国分寺(国分南1丁目25-38)に移転したと言われている。
移転後跡地は、現在の歴史公園として整備され、また一部伽藍などの基壇が復元されている。
  
海老名駅
駅舎2階にある改札口。只今駅舎改造工事中
駅舎が完成すると様子が変わると思うが、
現在は改札を出るとエスカレータで一旦外に出て再度エスカレーターを上り小田急、相鉄、JR相模線共用の
海老名駅(東口)に出る。
   
東口を出てランブリングテラスを進む。左手下方に1番館とバス停広場
テラスを道なりに進んで左折し、突当りの階段を下りて海老名中央公園へ入る。
   
海老名中央公園へ
  
番館(左)と5番館に挟まれた長細い公園の中を通り、噴水のある川の流れを見ながら進み、その先に背の高い七重の塔
七重の塔:相模国分寺にあった伽藍の1つで、実物大の1/3のスケールで建設されたモニュメント。
   
八坂神社・鳳勝寺へ
七重の塔の先6番館前の天平通りに出て右折し、道なりに進んで「中央公園入口信号交差点を直進する。
前方左手の高層ビルは、海老名市で最も高い地上25階建て高さ107.8m.の「海老名プライムタワー」。
   
タワーの先の「海老名郵便局前信号交差点を左折して、道なりに進み、
「境通り」信号の次の信号交差点を右折し県道407号線に入る。
    
静まり返った407号線を約300m進んだところの「勝瀬文化センター」角に立つ「鳳勝寺電柱から左折し
一直線の細い道を進む。
   
突当りに、八坂神社と鳳勝寺の立看板
八坂神社の参道階段を上り、途中立派な由緒碑。上り切ったところに本殿
八坂神社昭和17~19年にかけて相模湖ダム建設で水没する旧津久井郡日連村勝瀬から、この地に集団移転して来た。
その人たちにより、昭和20年に当神社も勝瀬からこの地に遷座した。
建築年は、江戸時代末期の19世紀中ごろとされ、江戸幕末の特色をよく示している、という。
移転の歴史を証左するものとして、海老名市指定重要文化財となっている。
    
階段を下りて、鳳勝寺へ、
山門脇を通り、境内を進んで参道階段を上ると、鳳勝寺本堂
鳳勝寺:八坂神社と同じように勝瀬から移転した寺院で、創建は室町時代中ごろと言われている。
本尊の木造釈迦三尊像(釈迦如来坐像、文珠菩薩座像、普賢菩薩座像)は、江戸時代前期のもの。
  
参道階段を下りてすぐ右折して坂道を上って右折し、墓地の中の長い坂道を上り、墓地の境界まで上り切る。
  
三塚古墳
境界を出て、浜田三塚公園前の道路を左折する。
ここで浜田三塚公園に入り、正面奥に「三塚(上浜田古墳群第1~3号墳)案内板
(要約):この付近には、4~6世紀にかけて築造された、ひさご塚古墳をはじめとする上浜田古墳群がある。
このうち1~3号墳が近接していたため「三塚」と呼ばれ、そのうち1,2号墳が現状保存され「浜田三塚公園」となっている。
1号墳、2号墳とも未調査のため、墳形や年代は不明。
   
公園入口を入った左手右手に盛土されたようなところがあり、現地に案内板がないがこれが三塚古墳だと思う。
標高60mの公園から見る、「海老名プライムタワー」は、威厳さえ感じさせる姿。
  
ひさご塚古墳へ
公園を出て左折して道なりに下り、突当り丁字路を左折し直ぐの突当りを右折する。
次の突当をり右折してひさご塚公園石垣沿いに進んみ、左折したところに「ひさご塚公園入口階段
   
ひさご塚古墳
階段を上って公園に入る。左側に「瓢簟塚古墳案内板
(要約):ひさご塚古墳は、上浜田古墳群の1つの7号墳で4~5世紀に築造された前方後円墳。
地元では「ひょうたん山」と呼ばれている。墳長約80m級で、海老名市内では最大規模。墳推定復元図
    
「松風に豪族眠る瓢塚」俳句碑の前を通り、突当りを右に曲がったところの、
「相模國造之墳墓」碑の立つ階段を上り、長い馬の背を進んだところに後円墳
    
..
標高67mの後円墳から、西北に威容を誇る「海老名プライムタワー」、南東に海老名市民の家々
  
国分寺跡へ
公園入口に戻って左折して進み、突当りで県道406号線に出て左折し、道なりに下り、
下り切ったところの信号から坂を延々と上る。
   
下り坂となり、県道40号線高架を渡ってさらに下り続ける。
   
下り切ったところの信号で厚木街道を横断して反対側の県道407号線に入り、
道なり進んで「相模国分寺跡」信号の次の信号丁字路を左折する。
   
戦時中国分寺跡を南北(左が南、右が北)に分断して作った一直線道路を進み、途中右側道路端に「国分寺講堂跡
遺跡跡の外れに、信号交差点
    
信号を左折し、(南側)国分寺跡沿いに約80m進んだ右側に「市立郷土資料館 海老名市温故館」。
温故館の1Fは考古・歴史資料、2Fは民族資料 が展示されている。相模国分寺関係資料も多数展示されていて、入館無料。
温故館の前に、(南側)国分寺跡への入口階段
     
相模国分寺跡
入口階段を上ると、「国分寺復元図案内板(一部加筆)。
ここで、講堂から先の北は、先ほど通った道路で分断された(北側)国分寺跡。
  
国分寺跡(南側)
階段入口の前方に、「塔跡案内板と復元された塔の基壇
1辺の長さが20m高さ1.3mの土盛基礎(基壇)の上に、高さが約65mの七重塔が建てられ、
金光明勝上経が安置されていた、という。
この七重塔のモニュメントが、海老名中央公園に1/3スケールで建てられている。
右手南側境界近くに、「中門・回廊跡案内板と史跡 相模国分寺址
中門(正門)は、東西21mみ南北11mの土台(基壇)上に建つ建物だった、という。
当時の規模が平面表示されている。、
入口から正面の奥深いところにある高さ1mの基壇は、「金堂、という。中央に「相模国国分寺遺跡
   
国分寺跡(北側)
入口階段を出て信号まで戻り、国分寺跡(北側)に入る。
入口に立派な大きな「国史跡相模国分寺跡。現場で見ると、本当に立派な碑です。
僧房跡案内板:この広場は、国分寺の僧が集団生活していた長さ81m以上の長大な僧房があったところというが、
遺構は保存のため埋め戻しているとのことで、現状は見渡す限りの原っぱとなっている。
    
駅東口へ
信号まで戻り、道なりに進み、「国分押堀信号交差点を直進し、突当りの「押堀信号丁字路を左折して相鉄線沿いに進む。
  
道なりに左、右に折れて3番館を左手に見ながら進んで、2番館前の階段を上り、
突当りを右折して、ランブリングテラスを進む。
  
1番館前を通って左にゆるくカーブし、「相鉄線案内標識の直ぐ先の、海老名駅東口)に戻る。
           
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